院長プロフィール
 
 
 
 

漢方鍼灸 運動処方 かわかみ吉祥堂。
天満 扇町 本気で心と体のバランスを改善したい方のための鍼灸院


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                     院長 川上 哲寛

●プロフィール●

●名前: 川上哲寛(かわかみあきひろ)

●出身地: 東京都武蔵野市吉祥寺

●趣味: 野球、手品、格闘技、薬草散策、中国語

●経歴: 早稲田大学人間科学部スポーツ科学科(現スポーツ科学部)卒業
 ・神奈川衛生学園専門学校卒業(2001年)
・東京都にて鍼灸院勤務(2001年)
・大阪府にて病院勤務(2002年〜)
・東大阪市にて開業(200311月〜20094月)
・大阪市北区天神橋に移転(20095月〜)
 


●モットー: 患者さんの笑顔が見られる様、“一鍼入魂”の気持ちで治療させて頂きます(至誠の精神)。


●好きな言葉: 「恬憺虚無 真気従之 精神内守 病安従来」(『素問・上古天真論』)
(恬憺(てんたん)虚無(きょむ)なれば真気之に従う。精神内に守らば病安(いずく)んぞ従い来たらん。
解釈:心がさっぱりとしてわだかまりが無ければ、体内の気はそれに応じてよく巡る。心が内で落ち着いていれば、どうして病が起きることがあろうか。) 

●古典に見られる“吉祥”: 「吉祥止止 夫且不止 是之謂坐馳」(『荘子・人間世篇』)
(吉祥は、止(むな)しきに止(あつ)まるなり。夫(そ)れ且(か)つかつ止(むな)しうせず、是れをこれ坐馳(ざち)という。
解釈:幸福は無心なるところに集まる。無心にならずに、さかしらな知恵を働かしていれば、坐っていながらにして馳(はし)るのと同じで、心は一向に休まることが無い。)


「治療者挨拶」
当院案内ページをご覧になって頂き、ありがとうございます。ここで私が東洋医学の道に進むに至った経緯をお話しさせて頂きます。


●スポーツ科学から東洋医学の道へ●
 
 私は中学・高校の6年間を野球部に所属していたのですが、選手として様々なトレーニング法を自分自身で模索していくうちに、当時スポーツ科学が少しずつ注目され出したことも重なり、中学校2年生頃から「スポーツトレーナー」という職業に憧れを抱くようになりました。そして、その夢を叶えるため、私はスポーツ科学を専攻できる大学へ進学しました。大学では最新鋭の科学的トレーニング法を学ぶ一方、準硬式野球部に所属し、選手兼トレーナーとして活動していました。しかし、4年の就職活動時期に、トレーナー活動できる環境を求め、アメリカの NATA(National Athletic Trainers' Association, Inc.)というトレーナー資格を取得なさった中村千秋先生に相談したところ、
 「日本ではトレーナー資格が整備されていないから、 体育系の大学を卒業しただけでトレーナー活動していくのは難しいね。 何か医療資格を取った方がトレーナーになる可能性が広がるよ。」とアドバイスされました。
 何のために大学に入学したのか一時は落ち込みましたが、大学卒業後は医療資格を取得する事に気持ちを切り替えました。 トレーナーになる為の医療資格として、現在日本では、鍼灸マッサージ師、柔道整復師、理学療法士などが挙げられます。
 その中で、中村先生は
「鍼灸の世界は面白いかもしれないぞ、 あの業界には名人と呼ばれる人がいて、名人は色々な病気を治すみたいだよ。」
と鍼灸を勧めてくれました。
 この時は、ただトレーナになるための手段として考えていたので、中村先生の言われた話の意味を理解をしていませんでした。マッサージの資格も取得でき、一番面白そうかなという理由で鍼灸マッサージ学校への進学を選択したのでしたが、この中村先生の言葉は後々の私の人生を大きく左右するのでした。

 

●鍼灸学校への入学●
 
大学卒業後は神奈川県小田原市にある鍼灸マッサージの専門学校に進学することになりました。同級生には、高卒者は少なく、私の様なトレーナー志望の大卒者以外にも、 自動車教習所の元教官、 薬剤師、 小学校の校長、 海外勤務の銀行マン、喫茶店のマスター、などなど多種多様の経歴の方々がいて、 年齢層も18歳から60歳代と幅広く、 様々な考え方に触れられ、非常に楽しくお付き合いさせてもらいました。そして専門学校の3年間の生活を通じて、当初トレーナーを目指していた私の考え方や、進む方向性が変化していきました。
 まず専門学校の授業で東洋医学と西洋医学のそれぞれの基礎医学を通じて、人体の仕組みを学び「人は何故病気になるのだろう」という事に徐々に関心を持ち始めました。また社会も少子高齢社会になった関係もあり、スポーツ選手を対象にするだけでなく、「広く一般の方のケアができる治療家になろう」、という考え方に変化していきました。それからはトレーナーの勉強よりも、鍼灸マッサージ師の資格で出来る治療法を調べるようになりました。

按摩、マッサージ、指圧、アロママッサージ、リンパドレナージュ、操体法、AKA、構造医学、カイロプラティック、整体、アップライドキネシオロジー、頭蓋仙骨療法、ロルフィング、など

 鍼灸マッサージ師の資格を取得するだけで、こんなにもたくさんの治療法が選択肢としてあります。 みなさんが肩凝りでお困りの時、治療院によって色々な治療法があって、どれが一番いいのか迷うのは無理もありません。
 えっ!?この中に鍼灸が入っていない?そうです、学生時代の卒業近くまで、鍼灸を治療法として考慮に入れていませんでした。というのも専門学校の授業だけでは、東洋医学を魅力的に感じられなかったからです。東洋医学でいう“気”、“陰陽”という形として表すことが難しい世界観を、「どうせ机上の理論で実際には存在しないし、効く訳ないだろ〜」ぐらいにしか考えておらず、その治療効果も疑問視していたのでした。

●本物の鍼灸師を目指して●
 

卒業後の進路を色々と悩んでいたある日、当時私は専門学校3年の27歳で、60歳の同級生で元エリート銀行マンのTさんから、(この方とは今も北辰会で共に勉強させていただいております。)
「川上君、こんな本があるのだけども読んでみなよ」とある本を勧められました。

それは、「鍼灸医学における実践から理論へ」という藤本蓮風先生の本でした。「真に実践する者こそは『真の理論家』である」を信念とする藤本先生の本書は、ページから先生の東洋医学に対する情熱が肉声として聞こえて来る程に、ひとつひとつの言葉に迫力があり、内容は東洋医学の存在価値から始まり、気一元の世界観、直観と論理、人間理解としての問診、多面的観察の重要性など、専門学校では学んだことがないものばかりでした。みなさんの中にも人生を変える様な書があるかと思いますが、私にとって「鍼灸医学における実践から理論へ」はまさにそんな本だったのです。当時鍼灸に対して猜疑心を抱いていただけに、なおさら感動した事を今でも覚えております。

 「へえ〜、東洋医学ってあいまいな世界だと思っていたけど、しっかりとした数学的な論理がある世界なんだな。それに肩凝り・腰痛だけでなく、 腕が上達すれば重症の内科的な病も治せるんだ」

と初めて東洋医学の凄さに触れられたのです。
 さらに一番感動したことなのですが、
東洋医学とりわけ鍼灸治療は 単なる病気治しに終わらないという事を藤本先生の本を読み、初めて知りました。この事は東洋医学の診断から治療まで一貫しております。
 まず一見症状と関係のないと思えるような、食生活、睡眠、排泄物、運動状況、家庭・職場での人間関係など日常生活について総合的に問診します。その中でその人のおかれる生活環境・こころの状態の変化が、どの様な過程を経て現在の身体の状態に至ったのかを時系列的にまとめます。
 次に顔色(気色)・脈・舌・お腹・背中・手足のツボ などの触診(体表の多面的観察)によって、問診で得た情報を確認していきます。
 
 この様に東洋医学では問診と体表の多面的観察を通じて、病気だけでなく、病気の背景にある患者さんの人生までも考慮に入れ、診断・治療を行っていくのです。いわば、東洋医学とは一人一人の人生の物語を大切にする、単なる病気治しに終わらない医学と言っても過言ではありません。この事が西洋医学とは異なる、東洋医学が東洋医学たる所以であり、ストレス社会の日本において、今後最も必要される医学になっていくに違いないと確信しました。そしてこの事を私に生まれて初めて気付かせてくれた、

「藤本蓮風先生こそ、東洋医学を非常に高い次元で実践している方だ」

と感銘を受け、鍼灸マッサージ師が行える数ある治療手段の中から、鍼灸を一生の仕事として選択する決断に至ったのです。
 
 こうと決めたら真っ直ぐの私は、専門学校卒業後、先ず藤本先生主宰の北辰会関東支部に入会させて頂きました。
そして北辰会本部がある関西で鍼灸医学を学ぶために、1年間東京で資金を貯めた後、平成14年に大阪府へ移転し、東大阪の病院にて勤務。平成15年11月に東大阪で開業、5年半後の平成21年5月、大阪市北区天神橋に移転して鍼灸治療を実践させて頂くことになりました。
 
 始めはスポーツトレーナーになるための一手段にしかすぎない鍼灸の世界でしたが、本格的にその道を志すようになるとは鍼灸専門学校入学時には想像さえ出来ませんでした。これも大学時代の中村先生の言葉が潜在的に私の頭の中に残っていて、藤本蓮風先生の著書を通じて東洋医学の本質に触れられたことで、鍼灸医学の道へ導かれたのだと、今さらながらに思います。
 最後に、今回のメディックさんの当院紹介を通じて、一人でも多くの方々の健康的な生活のお役に立てることが出来れば、これ以上のことはありません。今後とも“かわかみ吉祥堂。”を、どうぞよろしくお願い致します。


 

 
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